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千葉地方裁判所 平成6年(行ウ)32号 判決 1998年3月25日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

飯田正剛

小山達也

被告

仲村和平

右訴訟代理人弁護士

伴義聖

西村文明

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、訴外八千代市に対し、金二億五五五六万八七〇四円及びこれに対する本訴状送達の日(記録上平成七年一月一三日であることが明らか)の翌日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告が、八千代市長であった当時、八千代市職員(以下「職員」という)の勤務時間の短縮や通勤ラッシュの緩和等を目的とし、全職員を二班に分け、一週間交代で、一つの班の職員につき、午前八時三〇分から午前九時までの勤務時間について、その職務専念義務を免除するという措置(以下「本件措置」という)を市長決裁で決定し、平成二年三月から実施してきたことについて、原告が、本件措置は、実体的には、通勤ラッシュの緩和などという違法不当な目的を実現するために職務専念義務免除制度の内在的制約を超えてなされた違法かつ不当なものであり、また、地方公務員の勤務条件は条例で定めると規定する地方公務員法二四条六項及びこれを受けて制定された八千代市職員の勤務時間に関する条例二条に違反するものであるところ、このような違法な本件措置によって職員の勤務時間が短縮されているにもかかわらず、その短縮された時間に対応する給与額を減額しないで職員に給与を支給したこと(以下「本件支出」という)は違法な公金支出にあたり、減額すべきであった給与額に相当する金額が違法な公金支出によって八千代市が被った損害になると主張して、右損害のうち、平成五年七月から平成六年六月までの一年間に減額しないで支出した職員の給与額に相当する金額を損害として、八千代市に代位して被告に対して請求した事案である。

一  争いのない事実等(証拠により認定した事実については、認定に用いた証拠を適宜その末尾等に掲記した)

1  当事者

(一) 原告は、八千代市の住民である。

(二) 被告は、平成二年三月から同六年六月までの間、八千代市長の職にあった者である。

2  八千代市の条例・規則について(甲一、二、四ないし六、乙三、五)

(一) 八千代市職員の勤務時間に関する条例(以下「勤務時間条例」という)

二条(勤務時間)

職員の勤務時間は、一週間について四〇時間とする。ただし、特別の勤務に従事する職員の勤務時間は、一週間当たり四〇時間とする。(平成六年一一月二二日条例第二三号による改正前のもの。右条例により「四〇時間以内とする。」に改正された)

(二項以下省略)

三条(休憩時間)

任命権者は、一日の勤務時間が六時間を超える場合においては四五分、八時間を超える場合においては一時間の休憩時間を、それぞれ所定の勤務時間の途中に置かなければならない。

(二項省略)

四条(休息時間)

任命権者は、所定の勤務時間のうちに、規則で定める基準に従い、休息時間を置くものとする。

(以下省略)

(二) 八千代市職員の勤務時間に関する規則(以下「勤務時間規則」という。)

二条(一週間の勤務時間)

条例第二条第一項の規定による勤務時間は、一週間について四〇時間とする。ただし、特別の勤務に従事する職員の勤務時間は、一週間当たり四〇時間とする。

三条(勤務を要しない日及び勤務時間の割り振りの基準)

前条本文に規定する勤務時間は、一日につき八時間とし、勤務時間の割り振りは、午前八時三〇分から午後五時一五分まで(第五条に規定する休憩時間を除く。)とする。(二項以下省略)

五条(休憩時間)

条例第三条第一項に規定する休憩時間は、午後零時一五分から午後一時までとする。ただし、市長が特に必要があると認めるときは、これを変更することができる。

六条(休息時間)

条例第四条に規定する休息時間は、正午から午後零時一五分及び午後五時から午後五時一五分までとする。ただし、市長がこれによりがたいと認めるときは、別に定めることができる。

(以下省略)

(三) 八千代市一般職員の給与に関する条例(以下「給与条例」という)

三条(給料)

職員の受ける給料は、その職務の複雑、困難及び責任の度に基き、かつ、勤務の強度、勤務時間、勤務環境、その他の勤務条件を考慮したものでなければならない。(二項以下省略)

一五条(給与の減額)

職員が勤務しないときは、八千代市職員の休日及び休暇に関する条例第二条第一項に規定する休日である場合、同条例第三条第二項に規定する有給休暇である場合その他勤務しないことにつき特に任命権者の承認があった場合を除き、その勤務しない一時間につき、第二〇条に規定する勤務一時間当たりの給与額を減額して給与を支給する。

(四) 八千代市職員の職務に専念する義務の特例に関する条例(以下「職免条例」という)

二条(職務に専念する義務の免除)

職員は、次の各号の一に該当する場合においては、あらかじめ任命権者又はその委任を受けた者の承認を得て、その職務に専念する義務を免除されることができる。

一号 研修を受ける場合

二号 厚生に関する計画の実施に参加する場合

三号 削除

四号 前三号に規定する場合を除く外市長が定める場合

(五) 八千代市職員の職務に専念する義務の特例に関する規定(以下「職免規則」という)

二条(職務に専念する義務を免除する場合)

条例第二条第四号に規定する市長が定める場合は、次のとおりである。

一号 地方公務員法第四五条第二項の規定により、千葉県人事委員会に対し、公務災害補償に関する審査の申立てを行う場合

二号 地方公務員法第四六条又は第四九条の二第一項の規定により、勤務条件に関する措置の要求又は不利益処分に関する不服申立てを行う場合

三号 職員団体の代表者として当局と交渉する場合

四号 市行政の運営上その地位を兼ねることが特に必要と認められる団体等の役職員の地位を兼ねその地位に基づく事務を行う場合

五号 学校その他の団体等から依頼されて講演又は講義を行う場合

六号 昇任試験又は選考を受けるため受験者として出頭する場合

七号 学校教育法に規定する高等学校又は大学の通信教育の面接授業を受ける場合

八号 前各号に掲げるもののほか、市長が認める場合

三条(免除の承認)

職員は、前条の規定に該当する場合において、職務に専念する義務の免除を受けようとするときは、職務専念義務免除の承認申請書を任命権者又はその委任を受けた者に提出し、承認を受けなければならない。

3  本件措置及び本件支出の経緯など

(一) 八千代市長であった被告は、平成二年三月一一日から、職免条例二条四号に基づく職免規則二条八号を根拠として、職員を二班に分け、一週間交代で、一つの班の職員につき、午前八時三〇分から午前九時までの勤務時間について、その職務専念義務を免除するという本件措置を実施した。

本件措置により、職務専念義務が免除された時間は、一人の職員につき、隔週一日三〇分(一週間交代による隔週実施であるので、二週間を平均すると、一日一五分)であった。

(二) 被告は、「八千代市の機関の執務時間に関する規則」を平成六年一〇月一日に公布して翌二日から施行した。

右規則は、八千代市の機関の執務時間を午前八時三〇分から午後五時までとすることを内容とするものであるが、その附則二条により、当分の間、執務時間は、午前八時三〇分から午後五時までのもの及び午前九時から午後五時までのものとする、とされていた。(甲三)

(但し、右附則は、同年一一月六日の改正により削除された。(乙四))

(三) 八千代市においては、給与にかかる支出負担行為及び支出命令は、「八千代市事務決裁規程」により、人事課長の専決(あらかじめ認められた範囲内で、常時市長に代わって決裁すること)により処理するものとされており、また給与にかかる支出については「八千代市収入役事務決裁規程」により、金額にかかわらず会計課長の専決により処理するものとされている。そして、本件措置の実施後、人事課長は、本件措置による職務専念義務の免除が承認されたことを理由として免除を承認された時間に応じた給与額を減額をすることなく職員に対して給与を支払うこと(本件支出)についての支出命令を発し、これを受けて、会計課長は、右支出命令どおり給与の支払をしていた。(甲八、二四、弁論の全趣旨)

4  監査請求及び本訴提起について

原告は、平成六年一〇月七日、八千代市監査委員に対し、監査請求をしたが、同監査委員は、同年一一月二四日、原告に対し、右監査請求に理由はない旨の通知をした。

そこで、原告は、右監査結果を不服として、平成六年一二月二六日に本訴を提起した(なお、同年一二月二四日は土曜日であり、同月二六日は月曜日であった)。

二  争点

本件の争点は、①本件支出が違法な公金の支出に当たるか否か、②専決権者によってなされた本件支出についての被告の責任の有無、③被告に右責任があるとした場合の八千代市の損害の有無及びその額、という点である。

1  争点①について

(一) 本件措置の違法性の有無

(1) 原告の主張

本件措置は、以下に主張するように、職免条例及び職免規則の趣旨を逸脱し、その内在的制約を超えてなされた違法なものであり、また、地方公務員法二四条六項及び勤務時間条例二条に違反する違法なものである。

① 地方公務員は、住民全体の奉仕者として公務に携わる者であって、その職務専念義務は職務遂行上の最も基本的にしてかつ重要な義務であり、その義務の免除は、公務優先の原則に対する重大な例外を認めるものであるから、公益的必要性が存するなどの合理的な理由がある場合において、公務に対する支障を最小限にとどめるべき配慮の下に、必要最小限度の範囲に限って認められるべきものである。

したがって、職免条例や職免規則の解釈及び運用も、右のような観点に基づいてなされなければならず、右条例や規則により、任命権者の判断に委ねられる場合があるとしても、その判断は、職務専念義務の本質や趣旨及び公務優先の原則等からして、いわゆる覊束裁量行為と解すべきである。

右のような見地から職免条例や職免規則を検討するに、右条例及び規則は、職務専念義務が免除されうる場合を、職員が法令により認められた権利を行使する場合や、職務に専念することが客観的に困難であってそのことにつき職員の責めに帰すことができない事由がある場合でかつ職員の個別的具体的な事情に基づく場合などのように限定的、制限的に定めているというべきであり、また、具体的に職務を免除する場合でも、職免規則三条に定める形式を要求して個別的、個人的にその免除を限定的に行うという建前になっているというべきであるから、職免条例二条四号の「前三号に規定する場合を除く外市長が定める場合」及び職免規則二条八号の「前各号に掲げるもののほか、市長が認める場合」の具体的内容については、職免条例及び職免規則に掲げられたその余の例示の場合のいずれかと性質的には同じであるか、定型的、規則的な列挙にはなじまないものの職員の個別的事由等から免除をすることがやむを得ない場合を指すものと解釈すべきである。

ところが、本件措置は、右に述べたような、法令による権利行使の場合や職務に専念することが困難な場合とはおよそ無関係であり、抽象的かつ政策的な考慮に基づいてなされているものであり、また、全職員を対象にし、免除の期間や終期も限定せず、かつ個々の職員からの免除に関する申請を前提とせずに画一的かつ一方的になされたものであるから、その目的及び手続において、職免条例や職免規則における職務専念義務免除の趣旨を大きく逸脱することは極めて明白である。

② また、本件措置は、それが市民生活全体に与える影響や市財政に及ぼす負担の大きさからして、本来的には、地方自治の本旨、民主制の原則に基づき、市議会での慎重な審議を経て条例の形式をもってなすべき性質のものであるのに、市長決裁で実施されており、この点で、勤務時間その他の勤務条件は条例によるべきことを定めた地方公務員法二四条六項及び勤務時間条例二条に違反する重大な違法がある。

(2) 被告の主張

本件措置は、以下に述べるような当時の諸般の事情を踏まえて、職員の一週間の勤務時間を四〇時間に短縮するための試行的な措置としてなされたものであって適法である。

① 我が国においては、国民意識の変化や諸外国からの批判もあって、労働時間の短縮の気運が高まり、昭和六二年には一週間の労働時間を原則として四〇時間と定める労働基準法の改正がなされ、翌六三年には閣議決定において、労働時間の短縮(完全週休二日制と労働時間の弾力化による労働時間の短縮)が示された。

このような社会情勢を受けて、国家公務員については、昭和五六年三月から四週五休制へ、昭和六三年四月から四週六休制、特に昭和六四年一月一日から第二、第四土曜日を原則として閉庁とする四週六休制へと順次移行して行き、平成二年四月からは交替制等によった完全週休二日制による週四〇時間勤務制が試行され、平成四年五月一日からは、原則としてすべての土曜日を閉庁とする週四〇時間勤務制が実施されるに至った。

他方、地方公務員については、平成二年三月一六日付自治省行政局長の「地方公務員の交替制等職員の週四〇時間勤務体制の試行について(通知)」において、地方公務員においても、できるだけ速やかに交替制等による職員の週四〇時間勤務制の試行をすることが望ましいとされ、更に平成三年一二月二七日に通知された自治省行政局長の「地方公共団体における完全週休二日制の導入について」を受けて、平成四年ころからは、完全週休二日制による週四〇時間勤務制に移行していった。

② 八千代市においては、職員の勤務時間制は、従前、四週五休制による「継続した四週間について一七二時間」勤務制とされていたものが、平成元年七月三〇日からは四週六休制による「継続した四週間について一六八時間」勤務制となり、平成五年二月二八日からは、完全週休二日制による「一週間四〇時間」勤務制となった。また、週四〇時間を下回る勤務時間制への社会的要請を受けて、平成六年一一月二二日、勤務時間を「一週間について四〇時間」から「一週間について四〇時間以内」とするとの条例改正がなされた。

なお、八千代市の近隣自治体では、社会的趨勢、職員の健康増進、通勤時の混雑緩和、職員の希望などを理由として、①五つの自治体が、午前八時三〇分から午前九時までの勤務時間につき、職員を二班ないし六班に分けた交替制により、職員の職務専念義務を免除していたり、②冬季の期間について、職員を六班に分けた交替制により、職員の六分の五について職務専念義務を免除していたり、③一週間についての勤務時間を四一時間から四〇時間一〇分に改正し、さらに三八時間四五分に改正したり、④勤務時間を午前八時四五分から午後五時三〇分とし、午前八時四五分から午前九時までを休息時間とし、午後〇時四五分から午後一時までの休息時間の他に午後五時一五分から午後五時三〇分までを退庁準備時間としたりしていた。

③ 右の社会的要請や近隣自治体の動向を受けて、八千代市職員組合(以下「職員組合」という)は、職員の意向として、昭和六〇年三月から、勤務時間を週三五時間勤務制及び完全週休二日制の確立をスローガンとして、当面の要求として、午前九時出勤及び四週六休制の導入を八千代市に対して要求してきた。

④ また、職員の大半が自動車通勤をしており、かつ八千代市の市庁舎は幹線道路を結ぶ主要道路に面しており、本件措置による職員の通勤時間の変動は、右道路における交通渋滞の緩和を図る有力な対策と考えられるとともに、本件措置によっても、実質的な勤務時間は確保することができ、市民に対する行政サービスの低下を招くことはなく、市民の理解は得られ、職員の心身の健康の増進もはかられるものと考えられた。

⑤ 本件措置については、その実施前である平成二年二月二八日に開催された市議会代表者会議での説明においても何ら異議はなかった。

⑥ さらに、本件措置実施後、市議会からその改正を求める意見や決議がなされた事実はなく、平成七年二月三日に原告が市議会議長に提出した本件措置に関する文書の廃止を求めた陳情書も不採択とされており、窓口業務その他についての市民へのサービスも円滑に行われており、市民からの苦情は、原告を除いて一切出されていない。

また、平成五年二月二八日から八千代市においても完全週休二日制が導入され週四〇時間勤務制が実現したため、いったんは本件措置の廃止も検討されたが、当時一週間の勤務時間を三八時間四五分とする自治体が存在し、また本件措置と同様な措置を継続実施している自治体も存在したこと、本件措置によっても、市の業務は円滑に行われたことや職員組合から本件措置の継続実施を強く要求されていたこと、交通渋滞は改善されることなく継続したこと、勤務時間条例改正による勤務時間短縮をすれば、時間外勤務手当等へのはね返りにより市の財政を圧迫することになるため、勤務時間自体を短縮することには問題が残ることなどの事情から、本件措置を継続して実施することになった。

以上のような事情の下に、本件措置が実施されたものであるから、本件措置は適法であるというべきである。

(二) 本件措置と本件支出との関係(本件措置の違法性が本件支出に承継されるか否かの点も含む)

(1) 原告の主張

被告は、本件措置により職員の勤務時間を違法に短縮しつつも、他方で職務を行っていない時間についても職員に給料を支給していたのであるから、本件支出は、以下に述べるように、給与条例一五条、地方公務員法二五条一項等の給与関係法規に独自に違反する違法なものである。よって、本件においては、先行行為としての非財務会計行為の違法が、それ自体としては違法性を帯びない後行する財務会計行為へ承継されるかといういわゆる違法性承継論は問題にならないというべきである。

① そもそも職務専念義務の免除を認めるか否かということと職務専念義務が免除された勤務時間に対して給与を支給するか否かということとは別問題であって、職務専念義務を免除して勤務から解放される場合には、ノーワーク・ノーペイの原則に従って給与の減額を行うべきであり、給与の減額を行わないのは合理的理由がある場合に限定されるべきである。そして、給与条例一五条は、勤務の裏付けのない給与は原則として認められるべきではないとするノーワーク・ノーペイの原則を具体化したものであって、給与支給のあり方の根本原則を示したものであるというべきであるから、仮に適法な職務専念義務の免除がなされたとしても、給与の減額を行わない場合には、それについて合理的な理由が要求されるのであり、職務専念義務の免除が違法な場合には、およそ合理的な理由など有り得ない。

また、私企業においては、使用者と労働者との自由な労働契約によってノーワーク・ノーペイの原則を変更することも可能であるが、地方公共団体においては、勤務条件条例主義、給与条例主義の建前からして地方議会の慎重な審議及び議決を経て、条例をもって右原則の変更を決定しなければならないのであって、市長と職員(あるいは職員団体)とが、その勤務の内容、条件、給与支給の基準等を自由に変更することはできず、本件措置が職員組合の強い要求に応じてなされたとしても、ノーワーク・ノーペイの原則が変更されたことにはならないというべきである。したがって、職務専念義務が免除されたことによって勤務から解放された時間に対応する給与請求権は発生しないというべきであるから、これについて減額しないでなされた本件支出は給与関係法規に反し違法となる。

② さらに、職員の給与については各年度の歳出予算に計上され、議会の議決を経た上でそれぞれ支出されるものであるが、右議会の議決は、予算に記載された項目につき、予算に計上された金額の限度で、市長に公金支出の権限を付与するものにすぎず、市長に、それに従った支出義務を負わせるものではないのであるから、たとえ本件の給与支出について議会の予算可決議決があったとしても、違法でなくなるわけではない。

以上のことから、違法な本件措置によって勤務時間が短縮された場合には、職員は給与条例に規定された手続により当然に給与の減額を受けるべきであり、また市長は、右手続に従って給与を減額する措置を直ちにとるべきであるから、減額をしないで給与を全額支給した本件支出は給与条例に反し違法である。

(2) 被告の主張

地方自治法二四二条の二の一項四号の規定に基づく代位請求にかかる当該職員に対する損害賠償請求訴訟において、右職員に損害賠償責任を問うことができるのは、先行する原因行為に違法事由が存する場合であっても、右原因行為を前提としてなされた右職員の行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるときに限られるという最高裁の判例理論に従えば、本件において、仮に、週四〇時間勤務制に向けての勤務時間短縮の試行的実施としてなされた本件措置に原告が主張するような違法事由が存するとしても、本件措置により職務専念義務を免除された時間に相当する額を減額しないでなされた給与の支給決定自体には、給与条例一五条等の財務会計法規上の義務に違反する違法な点は存しない。

すなわち、右にいうところの原因行為を前提としてなされた職員の行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものか否かの判断は、具体的事実関係の下に判断されるべきものであるところ、本件においては、仮に、八千代市において全庁的に実施された本件措置について原告の主張するような違法事由が存するとしても、本件措置の性質上、職員が給与条例一五条による給与の減額を甘受しなければならないいわれはなく(原告の主張するノーワーク・ノーペイの原則、地方公務員法二四条六項、地方自治法二〇四条の二の趣旨をもってしても、八千代市職員が給与の減額を甘受しなければならない根拠とはなし得ない)、また、本件措置に重大かつ明白な瑕疵はないから、勤務していない時間に相当する給与額を減額することは許されず、市長たる被告に給与を減額するという財務会計法規上の法的義務はなく、減額しない給与の支出自体に何ら違法な点は存しない。

これに対しては、本件措置が実施された後において、違法な本件措置を取り消すべきであり(自庁取消権の行使)、市長であった被告がこれを取り消さずに減額しない給与の支出をすることは、誠実執行義務(地方自治法一三八条の二)に違反する、というような反論があるかもしれないが、本件においては、右に述べたとおり、本件措置を取り消しても取り消さなくても給与の減額は許されず、いずれにしろ財務会計上は給与の全額の支出をしなければならないのであるから、非財務会計行為たる本件措置に違法事由があるかという問題と財務会計行為たる給与の減額の問題とは全く関連性がないのである(つまり、本件措置が違法であることを理由にして給与条例一五条により給与の減額をすれば、二重の違法行為を重ねることになるのである)。

なお、減額しないで給与を支給するならば違法な本件措置を取り消せというのが原告の主張だとすれば、それは住民訴訟の対象ではない財務会計行為にかかわらない事項を主張していることになろうし、また、違法な本件措置自体により八千代市に損害を被らせたというのが原告の主張だとすれば、それは住民訴訟の予定するところではないというべきである。してみると、原告の主張は、結局のところ、本件措置の適否の問題につきているというべきで、そうすると、本件は、財務会計行為を対象とする住民監査請求や住民訴訟には本来的にはなじまない性質のものであって、むしろ事務監査請求(地方自治法七五条)や条例制定改廃請求(同法七四条)の対象とすべきである。

2  争点②について

(一) 原告の主張

普通地方公共団体の長は、給与条例等の財務会計法規の誠実執行義務を負うところ(地方自治法一三八条の二)、本件において、給与の支出決定(支出負担行為)は、長が職務上行う財務会計行為であって、これに違法事由がある場合、長が損害賠償責任を負う。

なお、本件支出は、具体的には、八千代市の会計課長の専決によってなされている(八千代市収入役事務決裁規程二条、三条、別表)が、この専決とは、あくまでも市長の責任において、右課長がその手足となって行う行為であるから(八千代市事務決裁規程二条、八条、別表第一)、支出負担行為に関する地方自治法二四二条の二第一項四号前段の損害賠償義務を負うのは市長である。

(二) 被告の主張

八千代市においては、給与等人件費にかかる支出負担行為及び支出命令は八千代市事務決裁規程によって人事課長の職にある者の専決により処理され、給与等人件費にかかる支出は八千代収入役事務決裁規程によって会計課長の職にある者の専決により処理されている。

したがって、市長である被告は、右専決権者が違法な財務会計行為をした場合において、その指揮監督を怠ったというような事実がある場合に損害賠償責任を負うことがあるとしても、本件においては、専決権者において違法な財務会計行為はなされていないのであるから、被告に損害賠償責任が発生することはない。

3  争点③について

(一) 原告の主張

本件支出により、八千代市が被った損害は、平成二年三月以降八千代市職員に支給された職務専念義務免除時間分の給与総額相当額であり、そのうち、本訴において請求する平成五年七月から平成六年六月までの一年間の右額は、左記のとおり二億五五五六万八七〇四円となる。

① 職員一人の一時間あたりの平均給与額は職員一人の平均年間給与額を年間勤務時間で除したものである。

(計算式) 543万7736円÷1920時間=2832.1円

② 本件措置によって一年間で職員が勤務しない時間は、一日の職務専念義務免除時間に年間勤務日数を乗じたものである。

(計算式) 0.25時間×240日=60時間

③ 全職員に一年間に支給される職務専念義務免除分の給与総額は、右1の額に右2の時間と八千代市職員の総員数を乗じたものである。

(計算式) 2832.1円×60時間×1504人=2億5556万8704円

(二) 被告の主張

仮に、本件措置について原告の主張するような違法事由があったとしても、八千代市には損害は生じていない。

第一に、本件措置実施後においても、職員は、本件措置の対象となっている一日あたり一五分を上回る勤務を勤務時間の前後に行っており、損害は生じていないのである。すなわち、本件措置により午前九時までに出勤すれば足りる職員もその多くは午前九時よりも早く出勤しており、午前八時三〇分に出勤している者も少なくないうえ、職員の勤務時間は午後五時一五分までであるが、多くの職員はその日の職務の整理あるいは翌日の職務の準備のため勤務を行っているというのが実態であるところ、このような職員の勤務実態を正視すれば、原告の主張する損害額の算定は机上の計算にすぎないし、また、本件措置によって、八千代市において、職員の給与等の支給額が増加した事実や同市の業務が停滞し若しくは市民サービスが低下した事実もない。

第二に、本件措置による職員の勤務実態が右のとおりであるため、職員の出退勤時間を詳細に把握して記録することは、タイムレコーダーを導入していない八千代市においては困難であって、職務専念義務を免除された時間のうち出勤していない時間を計算するのは不可能であるうえ、出退勤時間を厳格に把握してこれに基づく給与の減額を行うことになれば、それに伴って時間外勤務については時間外勤務命令を発して時間外勤務手当を支給していくという対応をとらざるを得なくなり、そうなれば八千代市の財政負担が増加し、それによる損益相殺を考慮すれば原告の主張するような損害は発生していないといわざるを得ないのである。

第三  争点に対する判断

一  争点①について

1  給与条例一五条が、「職員が勤務しないときは、……勤務しないことにつき特に任命権者の承認があった場合等を除き、……一時間につき、第二〇条に規定する勤務一時間当たりの給与額を減額して給与を支給する」と規定していることは前記第二、一2(三)のとおりであり、本件措置により職務専念義務の免除が承認されたことを理由として職員に対して給与を減額することなくその支払をしてきたことは同3(三)で認定したとおりである。

2  そこで、以下、本件支出が違法な公金の支出に当たるか否か、具体的には本件措置により職務専念義務の免除が承認されたとして本件支出をしてきたことに違法な点があるか否か検討する。

(一) 証拠(甲一〇、一一、二八、三〇、三三、乙一、二、七、八、九)及び弁論の全趣旨によれば、本件措置がとられるに至った経緯として次の事実が認められる。

(1) 労働時間の短縮を求める社会情勢等を背景に、最終的には完全週休二日制による週四〇時間勤務制の実現をめざして、国家公務員については、昭和五六年三月ころから四週五休制が実施された。そして、人事院は、昭和六一年一〇月二一日から四週六休制の試行を行うことを決定するとともに、同日付で、四週六休制を実施するものとした場合における問題点の把握及び必要な対策の検討に資することを目的とする四週六休制の試行のため、各庁の長又はその委任を受けた者は、職員の職務に専念する義務を免除することができる(一条)という内容の人事院規則一四―一三を制定し、その後、国家公務員については、昭和六三年四月から四週六休制が、昭和六四年一月一日からは、第二、第四土曜日を原則として閉庁とする四週六休制が実施され、平成四年五月一日からは、原則としてすべての土曜日を閉庁とする完全週休二日制による週四〇時間勤務制が実施されるようになった。

他方、地方公務員についても、昭和六一年一一月七日付で自治省行政局長から各都道府県知事、各指定都市あてに、「貴管下市(区)町村にもこの旨ご指導方お願いする」という添え書を付して、「地方公務員についても……基本的には四週六休制の試行を実施することが望ましいものと考えられる」、「試行を実施する場合は、予算・定員を増加させず、行政サービスの急激な変化を来さないよう、創意工夫による行政能率の向上を基本とし、住民の理解が得られる形でこれを進めることが肝要である」としたうえで、その方法について、「試行は、問題点の検証及び対応策の検討を行うため、現行の勤務時間制度及び休暇制度を変更することなく服務上の措置により実施するものである趣旨にかんがみ、期間を一年程度とし、職員の職務専念義務の免除により実施することが適当である。試行のための職員の職務専念義務の免除に関しては、国においては昭和六一年一〇月二一日付で人事院規則一四―一三及びこれに基づく人事院事務総長通知が出されたところであるが、地方公共団体においても、職務専念義務の免除に関する措置を条例又は規則の制定により講ずべきものであること」という内容の「地方公務員の週休二日制(四週六休制)の試行について」と題する通知が出された。また、平成二年三月一六日には、自治省行政局長から、地方公務員においてもできるだけ速やかに交替制等による職員の週四〇時間勤務制の試行をすることが望ましいという内容の「地方公務員の交替制等職員の週四〇時間勤務体制の試行について」と題する通知が出され、更に平成三年一二月二七日には、自治省行政局長から「地方公共団体における完全週休二日制の導入について」と題する通知が出され、平成四年ころからは、各自治体において完全週休二日制による週四〇時間勤務制が実施されるようになった。

その間、昭和六二年には労働基準法の改正が行われ、「使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四〇時間を超えて、労働させてはならない」(同法三二条一項)と規定されるに至った。

(2) 右のような国家・地方公務員における勤務制の改正の流れを受けて、八千代市においても、昭和四九年二月に総務部人事課を中心として「週休二日制検討会」を発足させて他の自治体の実情を視察するなどして週休二日制等の検討を重ねた結果、昭和四九年四月一日から四週五休制による継続した四週間についての一七二時間勤務制(週平均の勤務時間は四三時間)を導入してこれを実施し、次いで、昭和六三年九月ころから「閉庁問題検討会」を発足させて閉庁方式による勤務制について検討を重ねた結果、平成元年七月三〇日から閉庁方式によった四週六休制による継続した四週間についての一六八時間勤務制(週平均の勤務時間は四二時間)を導入してこれを実施した。そして、八千代市は、更に、右(1)で認定したような社会情勢や職員の勤務の実情等をふまえて、市民サービスの低下を来さないこと、業務上(特に窓口業務)の支障とならないこと、職員増につながらないこと、財政的負担とならないこと、市民の協力と理解が得られることを基本的な考えとして、労働時間の短縮や朝の出勤時の混雑緩和による職員の心身の健康の増進、社会の趨勢として九時出勤体制の確立が図られつつあること及び多くの職員の要望もあることなども考慮に入れて、また、平成二年二月に開催された市議会代表者会議(各党派及び各会派の代表者並びに市議会議長によって構成される会議)における本件措置の導入及び実施についての説明に対して何らの異議もなかったことから、当時市長であった被告の決裁を経て週四〇時間勤務制実現のための試行として、平成二年三月一一日から職免条例二条四号に基づく職免規則二条八号を根拠として本件措置を実施することとし、それにより週平均の実質的な勤務時間は四〇時間三七分余となった。

(3)① なお、本件措置が実施された平成二年三月ころの八千代市近隣の自治体における勤務制の実態は次のとおりであった。

ア 千葉市では、昭和四九年ころから、午前八時三〇分から午前九時までの勤務時間につき、交替制により、職員の六分の五について(一人の職員については六週間のうち五週間の期間において)職務専念義務を免除していた。

イ 船橋市では、昭和四九年四月から、勤務時間を午前八時四五分から午後五時三〇分としたうえで、午前八時四五分から午前九時までを休息時間として事実上午前九時出勤の運用をしていた。

ウ 習志野市では、昭和六二年八月から、午前八時三〇分から午前九時までの勤務時間につき、交替制により、職員の四分の三について(一人の職員については四週間のうち三週間の期間において)職務専念義務を免除していた。

エ 市川市では、昭和五〇年二月二五日から、執務時間を午前九時からとし、午前九時までに登庁した職員については、事実上出勤猶予扱いとしていたが、昭和五五年一月からは、職員の執務開始時間を午前九時からとし、さらに平成元年八月三一日からは、一週間あたりの勤務時間を四一時間から四〇時間一〇分に改正した(なお、平成五年六月一三日からは、三八時間四五分に改正されている)。

オ 柏市では、昭和五一年ころから、冬季の期間に限って、午前八時三〇分から午前九時までの勤務時間につき、交替制により職員の六分の五について(一人の職員については六週間のうち五週間の期間において)職務専念義務を免除していた(なお、平成四年四月ころからは、通年で、同様の措置を実施している)。

② また、本件措置実施後の近隣自治体の動向としては次のようなものがある。

ア 流山市では、平成二年一〇月ころから、午前八時三〇分から午前九時までの勤務時間につき、交替制により職員の二分の一について(一人の職員については二週間のうち一週間の期間において)職務専念義務を免除してきたが、平成四年四月ころからは、職員の四分の三について(一人の職員については四週間のうち三週間の期間において)同様の措置を実施している。

イ 我孫子市では、午前八時三〇分から午前九時までの勤務時間につき、交替制により職員の二分の一について(一人の職員については二週間のうち一週間の期間において)職務専念義務を免除している。

ウ 松戸市では、午前八時三〇分から午前九時までの勤務時間につき、交替制により職員の二分の一について(一人の職員については二週間のうち一週間の期間において)職務専念義務を免除している。

(4) その後、八千代市においては、平成四年一二月二一日条例第一九号により、勤務時間条例の二条一項を「職員の勤務時間を、一週間について四〇時間とする」、三項を「日曜日及び土曜日は勤務を要しない日とし」、「勤務時間は規則に定めることにより、月曜日から金曜日までの五日間において、任命権者がその割り振りを行うものとする」と改正し、平成五年二月二六日規則第四号により勤務時間規則三条一項を「勤務時間は、一日につき八時間とし、勤務時間の割り振りは、午前八時三〇分から午後五時一五分まで(第五条に規定する休憩時間を除く)とする」と改正し、平成五年二月二八日から完全週休二日制による週四〇時間勤務制を実施した。

しかるに、八千代市においては、完全週休二日制による週四〇時間勤務制を実現するまでの試行的な措置として実施してきた本件措置を廃止しなかったことから、右同日以降の実質的な勤務時間の割り振りは隔週に午前九時から午後五時一五分までということになり、実質的な勤務時間は週三八時間四五分となった(なお、八千代市は、その後、平成六年一一月二二日に、勤務時間条例上の勤務時間の定めを「週四〇時間」から「週四〇時間以内」と改正した)。

(二)  ところで、職免条例二条は、職務専念義務を免除されることができる場合の「特別の定め」の一つとして「市長が定める場合」(四号)を規定し、職免規則の二条は、右「市長が定める場合」の一つとして「市長が認める場合」(八号)を規定しているが(前記第二、一2(四)及び(五))、「市長が認める場合」の具体的(実体的)な要件については何ら限定が加えられていないことから、職務専念義務の免除を承認するか否かは基本的には市長の裁量に委ねられているものと解するのが相当である。

しかしながら、職務専念義務は、全体の奉仕者としての地方公務員の基本的な義務であって、その免除は、法律又は条例に特別の定がある場合に限って認められる例外的なものであることからすると(地方公務員法三五条)、職免規則二条八号に基いてなされる職務専念義務の免除の承認(免職条例三条)も、市長の完全な自由裁量に委ねられているというわけではなく、同条項の他の号にあるような事由あるいはこれに準じその延長線上にあるような事由がある場合(公務優先の原則のもとにおける、職員の個別的な特殊事情との衝突の回避、福利厚生の実現、職員団体等の活動の保護、行政運営上の目的あるいは他の公法上の要請の実現等といった要請との調整等の必要がある場合)になされることが要請されており、そうした要件を著しく逸脱して免除を承認することは、市長に委ねられた裁量の範囲を超え違法となるというべきである。

(三)  そこで、検討する。

(1)  前記(一)(1)及び(2)で認定したとおり、本件措置は、労働時間の短縮を求める社会情勢等を背景に、国家公務員及び地方公務員について、当時の最終目標であった完全週休二日制による週四〇時間勤務制の実現へ向けて、職員の交代による四週五休制、四週六休制、第二及び第四土曜日を原則として閉庁とする四週六休制の実施等種々の試がなされつつあるなか、完全週休二日制による週四〇時間勤務制実現に向けての試行(暫定的措置)として実施されたもので(その結果、週平均の実質的な勤務時間は四〇時間三七分余となった)、勤務時間条例及び勤務時間規則の改正という地方公務員法二四条六項に定める「職員の給与、勤務時間その他の勤務条件は、条例で定める」という原則に則った方法をとらず、職免条例二条四号、三条及び職免規則二条八号に基づく職務専念義務の免除の承認という方法をとったのは、平成二年三月一一日当時は完全週休二日制による週四〇時間勤務制の実現に向けて種々の試がなされている段階で、近い将来に右勤務制の実現が期待されてはいたものの勤務時間条例を改正して直ちにそれを実施するといった段階にまで至っていなかったことに加えて、自治省から勤務時間短縮の方法として職務専念義務の免除の承認という方式を示唆されていたこと、実際にも、八千代市の近隣にある複数の自治体において、右試行の一方式として職務専念義務の免除という方式が採用されていたこと、給与水準を維持したままで勤務時間の短縮をすれば、諸手当の基礎となる額が上昇してこれらの手当に対する支出が増加する可能性もあったことなどの事情があった等の事実があったからであって、そうした事実が存したことと、本件措置による勤務時間の短縮は、公務優先の原則のもとにおける職員の福利厚生の実現といった要請との調整手段として職免制度の趣旨と全く乖離したものではないことを合わせ考慮すると、少なくとも、完全週休二日制による週四〇時間勤務制が実施されるまでの間の試行的な措置としてなされた本件措置が職免規則二条八号の趣旨を著しく逸脱してなされた違法な措置であったとまでは認められず、したがって、右期間については、職務専念義務の免除の承認がなされたことをもって給与条例一五条に定める給与減額の原則に対する例外としての「任命権者の承認」があったとして本件支出をなしたことを違法と断ずることはできない。

(2)  本件措置が右勤務制を実現するまでの試行的な措置としてなされたものであること、八千代市においては、勤務時間条例及び勤務時間規則を改正し、平成五年二月二八日から完全週休二日制による週四〇時間勤務制を実施したことは前記2(一)(2)及び(4)で認定したとおりであり、したがって、右勤務制が実現された時点において、本件措置の試行的な措置としての目的は達成され、勤務時間短縮の方便として職免規則二条八号に基づいて行われた本件措置を合法化(正当化)し得る根拠は失われるに至ったものと認められる。そして、本件措置を継続すれば、職員の実質的な勤務時間は、改正された勤務時間条例二条及び勤務時間規則一条、三条の規定とは異なり週三八時間四五分となるのであるから、被告は直ちに本件措置を廃止すべきであったのである。

したがって、被告が平成五年二月二八日以後も本件措置を継続し、全職員に対して一律に職務専念義務の免除の承認(職免規則三条)を与えたことは、職免条例二条四号及び職免規則二条八号により被告に与えられた裁量の範囲を著しく逸脱してなした違法な措置であって、右承認により給与条例一五条に定める給与減額の原則に対する例外としての「任命権者の承認」がなされたものとして本件支出をなしたことは違法であると認めざるを得ない(なお、八千代市においては、前記第二、一2(一)で認定したとおり、平成六年一一月二二日に勤務時間条例を改正し、職員の勤務時間を週四〇時間以内としているが、平成五年七月から平成六年六月までの本件支出を問題とする原告の本訴請求との関係では、右の点は問題とならない)。

(四) 原告は、本件措置の違法制について前記第二、二1(一)(1)のとおり主張するが、完全週休二日制による週四〇時間勤務制が実施された後についてはそのとおりであるが、それ以前の時点においても違法であったとまでいえないことは右(二)及び(三)で認定説示したとおりであって、原告の右主張を採用することはできない。なお、職務専念義務の免除の承認を得る為の手続については、職免規則二条四号は、在籍出向の場合を想定している規定と解されるところ、そうした場合には、形式上はともかく、実質的には、出向命令と同時に職務専念義務が一方的に免除されることになるのであるから、職免条例や職免規則は、職員からの申出がない場合において職務専念義務を免除することを必ずしも想定していないとはいえないと解される―職免条例はそのことについては何も定めていないし、職免規則三条は、職員が職務専念義務の免除について承認を受けるべきことを定めているにすぎない―。したがって、本件措置において、職員からの申出がなされていないことは、必ずしも職免規則に違反するものであるということはできず、この点に関する原告の主張も採用できない。

一方、被告は、平成五年二月二八日以降も本件措置を継続して実施したことについて前記第二、二1(一)(2)のとおり主張するが、完全週休二日制による週四〇時間勤務制の実現に向けての試行的な措置として是認されるに過ぎない本件措置が、右勤務制が実現した後においても是認されるとする根拠が既にないことは右(三)において認定説示したとおりであって、被告が主張する右のような事実があったとしても平成五年二月二八日以降の本件措置の違法性を排除する理由とすることはできない。

二  争点②について

1  八千代市においては、給与にかかる支出負担行為及び支出命令は「八千代市事務決裁規程」により人事課長の専決により処理するものとされ、また給与にかかる支出は「八千代市収入役事務決裁規程」により会計課長の専決により処理するものとされているところ、本件措置が実施された平成二年三月一一日以降、人事課長は、本件措置による職務専念義務の免除が承認されたことから給与条例一五条に規定する任命権者の「承認」がなされているとして、減額することなく給与を支払うことについての支出命令を発し、これを受けて、会計課長は、減額することなく給与の支払をしてきたことは、前記第二、一3(三)で認定したとおりである。

2  そして、公金の支出に関する地方自治法二四二条の二の一項四号前段の損害賠償責任を負う「当該職員」とは、本件に即していえば当時市長であった被告ということになるが、給与にかかる支出負担行為及び支出命令を人事課長の専決によって処理し、給与にかかる支出を会計課長の専決によって処理しているような場合に被告が責任を負うのは、被告が専決権者の財務会計上の違法行為を阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により、専決権者が財務会計上の違法行為をすることを阻止せず、その結果、八千代市に損害を与えたという場合に限られると解するのが相当である。

3  そこで、被告に右2の責任があるか否か検討するに、被告には、完全週休二日制が実施された平成五年二月二八日以降においては、人事課長が、従前と同様、職務専念義務の免除について「承認」があったものとして、免除された時間に応じた給与額を減額することなく給与の支出命令を発し、これを受けて会計課長がそのまま給与の支出を続けていることを阻止すべき指揮監督上の義務があるにもかかわらず、故意又は過失によりそのことを阻止しなかったのであるから、被告は、そのことによって八千代市が損害を被ったとすれば、その損害について賠償責任を負うものと解するのが相当である。

三  争点③について

1  原告は、八千代市の被った損害額について前記第二、二3(一)のとおり主張する。

2  しかしながら、成立に争いのない乙七号証並びに本件口頭弁論の全趣旨によれば、次のような事実がみとめられ、そうした認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) 八千代市においては、本件措置により午前九時までに出勤すれば足りる職員も、また、午前八時三〇分までに出勤すべき職員も、その多くはその時間よりも早く出勤し、また、多くの職員は、勤務時間の終了する午後五時一五分を過ぎてもその日の職務の整理あるいは翌日の職務の準備のため勤務を行っているというのが実態であること。

(二) 八千代市においては、個々の職員の出勤、退勤時刻をタイムレコーダー等を用いて管理していたわけではないから、個々の職員の出勤、退勤時刻を詳細に把握することは不可能であったこと。

3  右2(一)及び(二)の事実によれば、職務専念義務を免除された時間の内現に出勤していない時間を計算して、その時間に応じた給与額を減額することは不可能であるが、それが可能であったとしても、一方では、右2(一)で認定した職員の勤務実態からすれば、現に多くの職員が事実上行っている朝夕の時間外勤務についても、それが日々の職務を遂行する上で必要な時間である以上、原則として時間外勤務命令を発して時間外勤務手当を支給すべきであったのであって、職員全体について、減額すべき給与額の総額と右勤務実態から推測される支払を免れた時間外勤務手当の総額を比べてみても、前者が後者を上回るものと直ちに断定することはできない。そして、他に、具体的な金額は別にしても、前者が後者を上回るとの事実を認めるに足りる証拠はないから、その余の点について検討を加えるまでもなく原告の損害に関する主張はこれを認めることはできない(平成五年二月二八日以降も本件措置を実施し、本件支出をしたことが違法であるということと、それによって八千代市に具体的に損害が生じたか否かということとは別問題である)。

四  まとめ

以上のとおり、本件支出によって八千代市に損害が発生したと認めることはできないから、右損害が生じたことを前提とする原告の請求は理由がない。

よって、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担については、行政事件訴訟法七条、民事事件訴訟法六一条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官川島貴志郎 裁判官千德輝夫 裁判官三島琢)

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